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ルール53

柳田國男「遠野物語」を読む。

売れる文章講座

ルール 53

遠野物語「序」から

 
私が、初めて遠野物語を読んだのは大学生の時だった。その時は「とりあえず読んでおかなければいけない本の一冊」という感じで、単行本を購入して通読してみたものの、とりわけ引っかかるところもなく、さらっと読み終えてしまったという記憶しかなかった。
 
そのような記憶があったので、今年青空文庫さんで「遠野物語」が公開された時もとりあえずダウンロードしておいて、時間のある時にでも読んでみよう」というような感覚だった。
 
ところが、である。
そう、この書き出しでみなさんも、おおかた察しがついていると思うけれど、そうです。その通りです。すごく「おもしろい」のである。
 
まず、序文
 

「国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。
願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広のみ。(遠野物語より)」

 
という一文に奮い立った。「まだまだこの日本には、お宝がたくさん眠っている。それを掘り起こすのは読者の
君たちなのだ」と、いうような作者の志の高さが伝わってきた。そうだ、自分たちはもっと「このような話」を掘り起こさなくてはいけないのだ、今自分がやりたいと思っていたことのひとつがこれなのではないか、と序文から強烈に作者に共感してしまったわけです。
 
 

面白いことは「今の自分から遠く離れた場所にある」と考えていた。

 
3月11日の震災のあと、津波で流され失われた風景を目の当たりにする度に「この辺りにはどのような建物があっただろう」「ここには、確か・・・」と自分の微かな記憶を辿ることを繰り返してきた。もう100%同じ風景が蘇ることはない。ものごとに絶対はない、とはいうように、あの風景がここに戻る事は『絶対にない』。それが現実だ。
 
そしてこの場所で育っていく人達の記憶の中には、全く新しく作り直された街並みの風景が残ることになる。以前気配が埋め立てられ消し去られた上に作られた、まっさらな町並みを目にすることになる。2011年3月を境にして「それまでの街並みを見たことがある人」と「見たことがない人」とに真っ二つに別れてしまう。
 
毎日見ている景色や風景には、改めて目を凝らす必要はない。毎日見ているものにわざわざ目を向ける必要はない。なにせ、他にもやらなければいけないことは、たくさんあるのだ。明日もそこにあるものに、目を向ける理由なんてないじゃないか。
 
そう。たしかに3月11日までの自分は、そのように考えてきた。面白いことは、今の自分から遠く離れた場所にある、と考えていた。でも今では「明日も、それがそこにある」ということは確実なものではない事を知ってしまった。だからこそ、現段階で掘り起こせるものは掘り起こしたい。記録できるもののは、記録しておきたい。見られるもの聞けるものは、実際に体験しておきたい。
 
このような今の自分の個人的な思いが「遠野物語」の世界にぴったりとつながった気がしたわけです。
 

「思うにこの類の書物は少なくも現代の流行にあらず。いかに印刷が容易なればとてこんな本を出版し自己の狭隘なる趣味をもって他人に強いんとするは無作法の仕業なりという人あらん。されどあえて答う。かかる話を聞きかかる処を見てきてのちこれを人に語りたがらざる者果してありや。(中略)いわんやわが九百年前の先輩『今昔物語』のごときはその当時にありてすでに今は昔の話なりしに反しこれはこれ目前の出来事なり。(遠野物語)」

 
自分たちの日常生活のできごとも、100年後の人達には「面白いこと」になっているかもしれない。残念ながら、私たちは津波で子供の頃から何十年も見続けてきた風景を失ってしまった。それでも、今、この瞬間からの記録を残していくのなら、100年後の人達には、今の自分たちに見えていないものを見つけてもらえるかもしれない。今、私(佐藤)は、そんなことを考えています。
 


伝わる文章講座 佐藤 隆弘 拝

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